「恍惚の人」を読む

専門書100冊チャレンジ:認知症ケア、演劇、ワークショップ、介護に関連する書籍(自分で専門書と感じればOK)を100冊読んでレビューします。

4冊目:恍惚の人 有吉佐和子著。この小説、本当におもしろくて深い!なぜ早く読まなかったのか。この本は3つの視点で読める。第一は認知症介護の参考書としての本。認知症の実際の症状や困った状況が具体的にどう現れてくるのか。そのサンプルがたくさん。認知症の症状は普遍的なので、この本が普遍性を持つ理由がそこにある。第二は生活史としての本。当時の風俗、流行、生活様式が細かく描いてあるので資料として参考になる。主人公の同世代の登場人物から、「私は大正の生まれですけど」というセリフがあるので、大正末期~昭和一桁世代だろうと思われる。それはそのまま、私が毎日お会いしている高齢の利用者さんの世代である。第三は女性について。共働きの主人公夫婦のやりとりから、当時の女性の置かれた状況やその感じ方などがよく分かる。現在の状況がどこからつながってきたのかを知ることができる。女性が介護を担ってきた歴史でもあり、上野千鶴子さんの著作ともつながるんじゃないかな。

・言わずとしれた介護文学の金字塔。この大ヒットで社会が動いてその後の福祉政策にも影響を与えた。

・時代背景についての衝撃。この本は昭和47年6月、新潮社より出版された、とある。昭和47年ということは25を足して1972年。今からほぼ50年前の本。

・まず痴呆(認知症という表現は当時はないのでそれにならって)になる茂造というおじいさんに対して「明治の男」という表現。明治時代の経験者がいた頃なのね。そして、平均寿命の話。女性は74歳、男性は69歳と小説の中で語られる。60代でなくなるのが一般的だったとは!今だとまだまだ若いって感じですよね。これって今と地続きのようでいて、全く違う世界のような気がしませんか。あまり注目されていないかもしれませんが、日本は余命の捉え方が大きく変化していたんだなと思いました。それに、おじいさんの長男は戦争を経験、戦後抑留していたと書かれている。シベリア抑留でしょうか、こういった経験が身近にあった頃。

その他、気になった部分!

・不相応に贅沢なものとして、冷凍庫と洗濯物乾燥機が出てくる。

・「流行のパンタロン」というフレーズ。

・毎年、敬老の日から一ヶ月間 10月15日までは65歳以上のお年寄りは無料で健康診断が受けられる。

・昭子は事務所で邦文タイピストをしている。洋文タイプは機械もタイピストも颯爽としてる。邦文タイプライターは活字の数多く、特殊な感じは一々スペアの箱から拾いあげるので、手間暇のかかる不細工な仕事。

・方向感覚の障害。とんでもないところへ向かって突進する。突然立ち上がり柱にぶつかったり、最後は縁から落ちて足を折って動けなくなった。

・水道の蛇口、ガス栓でも目につくと触って捻る。ラジオ、テレビも突然音が大きくなる。

・病院で流動食をゴム管で鼻から通す。保険がきかず完全看護で孫たちで負担をしている。

P104ぞろっぺい(形動) (「ぞろっぺい」とも) いい加減なこと。疎略なこと。また、そのさま。あるいは、しまりのない人。主に関東でいう。ぞろっぺ。

P113昼食後、納戸でゆっくり着替えている。「何処へいくんですか」「婆さんを迎えに行きます」「おばあちゃんは何処に行ってるんです」「東京です」「ここは東京です」と何度もいうも、どんどん着替えてネクタイ締めて靴を履く。耄碌した感じはなくどんどん歩く。後ろから飛びかかって止めるも馬鹿力で跳ね飛ばされる。信号も見ず一度も止まらず歩く。「昭子さん(嫁の名前)心配しますよ」と声をかけると足をとめ、「昭子さんがどうしました」「家で心配してますから帰りましょう」回れ右して歩き出す。合計二時間以上歩き続ける。

P178門谷家のおばあちゃんの震災の話「本所の被服廠の焼け跡。十二階が上から燃え落ちて四階でボッキリ折れたのも見た。火事が3日続いた。人間がこげてかりん糖みたいに固まっていた。生き残った男たちは竹槍を持って自警団というのを作った。大杉栄が伊藤野枝と殺されたのもあの頃。肉がちょっぴり入ったすいとんが一杯十銭、暑い中を行列して買った。」

p192本所の被服廠がかりん糖で、日比谷で肉すいとんの行列買い。テレビで学生が暴れているニュースを見て、「米騒動だ」と騒ぐ

P179夕食後の入浴介助。脱ぎ着は自分でできる。湯船に入ったらいつまでも出てこない、洗い場に尻をついて座る。石鹸はなくなるまで手をこすっている。

P199「愛が終わった」流行語→?

P208大正時代の話。・そろそろドンだよ、とかガス灯のつく時間だ。百円をギザと言って、孫には百円をチリ紙でひねってくれる。・

P216「事実この夜から茂造は頻繁に目をさましては、その都度暴漢が入ったと叫ぶようになる」

P256「怪獣のまねかなあ」→体操だった。「いつの時代の体操を茂造は思い出して実行しているのだろうか」

P261昔話に耄碌したした年寄は出てこない。芝刈り、洗濯と働いている。40過ぎに生まれたのを桃から生まれたことにしたのかも。

P276「女にとって、眼鏡をかけることは由々しい事態である」

P289骨壷から奥さんの骨を取り出し食べるシーン。

P300「厚生省社会局老人福祉課に照会してもらったところ、地域の福祉事務所に老人福祉指導主事というのが必ずいるからその人に相談するといい」

P305東京都民生局発行「老人ホーム利用案内」のパンフレット:低所得者のための養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム、有料老人ホームの四種類(当時)。特養は投薬・治療必要とする人は入所できない→現在との比較をするのも面白い。施設の変遷。

P326「今から何十年後の日本では六十歳以上の老人が全人口の80%を占めるという」「昭和八〇年には六十歳以上の人口が三千万人を超え、日本は超老人国になる運命をもっているという」

P371便所へ行かなくなった代わり、排泄は時と所を選ばない。おむつは常時当てておかなくてはならなくなった。近所の家からおむつが乾かないと、乾燥機を借りにくるようになった。→朝食後誘導したら、おむつでなく排泄できたのではないか?

P395便所での物音。「肥壺に落ちていないかと心配した」

P396陶製の男性用便器―一般にアサガオと呼ばれているーを抱えて足をばたばたさせていた。

P380満八十五歳の誕生日にホオジロを買った。手の届かないところへ吊るしてある。終日、小鳥を眺めている。→アニマルセラピー、小鳥なら直ぐにできそう。。

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