「看取り医独庵 漆黒坂」をよむ

前回の記事で読んだ「医者がぼけた母親を介護する時」、この作者さんの別名義の時代劇シリーズ。江戸時代の医療の詳細と、時代劇のケレン味が描かれる。

浅草で開業する独庵は江戸でも評判の医師、そして剣の腕もたつという設定。医者というよりも科学者のような振る舞いで、理由の分からない病気にも誠実に向き合っていく。ここは医療ミステリのような趣があり、謎の症状から病気が解明されていくプロセスがとても面白い。独庵の患者によりそっていく姿勢、医療に対しての考え方などは作家さんの考えが反映されていると感じる。これは「医者がぼけた母親を介護する時」を読んでいたから余計そう感じるのだと思う。このノンフィクションはだいぶ昔の作品だが、考えや姿勢は一貫している。

そして、江戸時代の病気の名称などは興味深かった。介護職として、病気の知識は全般的に必要なのだがこういう昔からの経緯を知るとより関心が増すような気がする。例えば、糖尿病は消渇(しょうかつ)、胃が乾燥するため水を飲んでも乾きが止まらず、食べても飢餓が続き、小便は白っぽく甘みがする、、、と江戸時代の本に書いてあると紹介される。麻疹を取り上げた回では、現在の新型コロナにおけるパンデミックを想起させる。最後には精神障害、妄想のような症状が登場し、介護職としてはこの第四話が心に残った。独庵も対処法や治す方法が分からないのだが、患者に寄り添い、関係を作ってその中でヒントを探していく、、、という対応方法は、きっと現在の精神科でも一緒だろうと考える。そうそう、あけっぴろげに本心や事情も話してしまう、というのも必要なことだと気づいた。

と、、真面目な本かと思われそうだが、各章の最後では悪党たちを独庵がバッタバッタと斬りまくる、、、。突然このシークエンスだけ、テレビの時代劇風になるのが面白い。医者の独庵のキャラクターなら、命の大切さを知っているのだから殺さずに懲らしめるだけにする気もするのだが、このシーンは何も考えず楽しめば良いのだろう。このぶっ飛び具合がクセになる。

シリーズが人気らしく、全3作出ているのだがこの本は2作目。いきなり2作目から読んでも楽しめる。小さな虫が起こす病の話など、現在の病気でいうと何になるのだろう?と疑問があったり、糖尿病の章の解決のメカニズムも、もっと知りたいと思ったり。誰か独庵シリーズの病気を解説しているブログがないだろうか。または解説本で作品に登場する病気を現在の視点で解説してほしい、、、。

「医者がぼけた母親を介護する時」を読む

専門書100冊チャレンジ:認知症ケア、演劇、ワークショップ、介護に関連する書籍(自分で専門書と感じればOK)を100冊読んでレビューします。

「医者がぼけた母親を介護する時」米山公啓著を読みました。

・医師で作家である息子さんが書いた、自分の母親の認知症介護の記録、ノンフィクション。父親も開業医という医者一家。認知症が発症し看取るまでの9年間(1990年~1998年)の記録。出版は2000年。(この本では認知症ではなく、痴呆と表記)

・登場する母親の病状は、生活習慣病から来る脳血管性認知症。

・この作品のすごいところは母親の手記を載せているところ。色んなところにちょっとしたメモを取る方だったらしく、亡くなってから出てきたメモ書きを紹介している。病気の進行でどんな心情だったのかが痛いほど伝わってくる。現在、認知症の方本人からの発信が多くなってきているが、20年前にこうした本が出ていたのか、という驚き。

・主で介護する父親も医師なので、認知症ケアについての対応が淡々として冷静だと感じる。参考になる部分も多かった。

以下、気になった部分の抜き書き。

・最初に気づいた症状は、最新機器の操作(息子が買ってあげたラジカセ)が何度説明しても覚えられなかったこと。

・母親は48歳で血圧が175/110。降圧剤を使用していたがめまいなどがあり、十分に下げられなかった。副腎からアルドステロンというホルモンが多量分泌されるアルドステロン症という病気だった。(当時は判明せず)

・性格的には楽観的でおおらか、人懐っこいタイプ。甘いものや塩辛いものが大好き、コーラを買い置きしてラッパ飲みしていた。

・61歳で心房細動という不整脈があり、脳の動脈がつまる脳梗塞のリスクが高かった。

・64歳頃から疲れやすいの訴え、昼過ぎまでごろごろするようになった。

・「夕飯は何がいいと思う?」→自分で考えられないから他人に聞く。

・焼き茄子を真っ黒に焦がす・野菜がたくさんあるのに八百屋に注文する。→どういうメカニズムか?

・絵をかくのを夫がほめる→プライドが高い方だったそうで、褒められるのは母を気持ちよくさせ、症状を落ち着かせるのに有効な手段だった。

・日中近所の人2人に介護を頼むことにした→1992年の頃。

・夜間の失禁が増え、おむつをつけるのを拒否→「先生(夫)が夜起きなければならないから協力してくださいね」→渋々納得:強制するのではなく、相手をたて協力してもらう。→夜間失禁の原因はなんだったのか?おむつをつけずに対応はできないものか?

・早朝から「結婚式に行きます」と支度をはじめる。あわてて結婚式の支度をした記憶が残っていて、その日時がわからなくなり今日がその日だと思っている。本人にしたら切実な問題で焦っていることになる。

・母の奇妙な行動も、時間と日にちが間違っていなければおかしなものではない→!!素晴らしい指摘。その時間、場所がズレていることがおかしいだけなのだ。行動としてはおかしいものではない、「一見」おかしい行動と考えることが大事。

・記憶は常に時間と一緒になって脳にしまいこまれている。

・周囲の人にとって非常に奇妙に見えたり、おかしいと行動でも、本人はそう考えることしかできないということを理解する必要がある。そこがぼけ思えるの介護でもっとも重要なところだ。

・夜中に失禁してぬれたおむつを便器に流してトイレをつまらせてしまう。夜中に起きるとトイレの方向が分からず、隣の部屋を濡らしてしまう

・オムツを外し、パンツと寝間着だけにして廊下の電気をこうこうとつけたままにした。するとなんと途中でもらさなくなった(!)自力でトイレに行きたい気持ちが強く、寝起きでウロウロしているあいだに失敗していた。父の観察と工夫で、トイレまでの通路を明るくしておくことが大切とわかった。

・医療関係者は病気になったところで患者さんとかかわるが、家族はそこに至るまでの過程を同時に体験し、苦しんでいる。その部分を医者はなかなか知ることはない。

・医療は医者やナースから見えるものがすべてではない。その意識を持つことは重要。

・ぼけの人の介護とは、悪徳業者の介入を防ぐことも含まなければならない。

・家族がぼけの相談に来たときは、一冊でいいからぼけに関する本を読んでくださいと勉強することをすすめる。

・夜、ごそごそ動いて眠らないことが多くなったので、父は寝る前に音楽と聞かせることを思いつく。CDラジカセを買って、毎晩、子供の頃の音楽を聴かせると小声で歌いながら眠ってしまうようになった。クラシックはだめで、童謡や古いヒット曲だと落ち着く。

・「夜寝なくて困るんですよ」家族にとってみればとんでもない夜の大騒ぎがあり本当に手を焼いていることが多いのだろう。その家の内情まで思いをめぐらせているか。

・市長選挙があり、母の希望をきくと「投票にいきたい」というので父は前日に投票するひとの名前をかく練習をさせた。当日は投票所で自分の名前を書いてしまう →でも、投票に生かせてあげる!というのはすごいこと。尊厳の保持ってこういうことか。なるべく希望を聞いて、やりたいことだったら希望を叶えてあげることが重要。

・ぼけを介護していく姿を、もっと多くの人、とくに若い人に見せることは、家族やぼけた本人にとって大切な役目。

・アメリカのレーガン大統領はアルツハイマー病と公表した。

・夜中、幻覚があり、介護者が女の子を連れてきたという。父は「人間の頭の中はだれにも見ることはできないだろう。だから人の考えてることは他人には理解できないんだよ。その子供は一枝の頭の中にいるから、だれにも見えないんだよ」そんな説明をすると納得して、妄想は消えてしまった。 →そんなことがあるのか!論理的に説明する、という道もあるしその方が相手を尊重しているかもしれない。

・医学書では妄想は周囲の説明では納得しないとあるが、こういう説明で妙に納得してしまうことが、母の場合はたびたびあった。

・妄想が出るというのは、まだまだ脳がそれだけ論理的な思考回路を保っている意味もある。どんな形でもコミュニケーションが取れることは母の救いだったのかもしれない。

・喜子さんはそんな母の心の葛藤を理解し、励ましていた。介護というと、日常生活が楽に暮らせればいいという視点になりがちだが、本当は心の支えとならねば介護にはなっていないのだと気がついた。

・ぼけの介護は、努力したことに対して非難されるという、不条理な状況になる。

・住宅改修は変化していく状況に対応していくものでないと無駄になる

・老人向けのマザーリング。ボランティアの話し相手組織

・福住さんという介護職。人の話を聞き、その人の昔の楽しかったときのことを一緒になって話せるという非常に貴重な才能があった。

・運動能力が落ちるというのは、脳の中で、神経の細胞そのものが壊れているか、あるいは神経細胞から伸びている軸索という電線のようなものが途中で切れてしまったことを意味する。

・ぼけの介護は、その人の性格、社会背景まで考えてやらないと、なかなか本人を満足させることはできない

・1994年時点の話。介護保険前のため、社協に連絡してヘルパーを派遣してもらった。

・医者というのは、いくら臨床経験を積んでみても、患者さんや家族の苦しみを自分のものとしてとらえることはできない。

・血液中の赤血球が増える多血症という病気。普段から血液中の水分が足りなくなる。

(血液の粘性が上昇することで頭痛やめまいが起きたり、顔が赤くなったり皮膚にかゆみが出やすくなります。また、赤血球だけでなく血小板が増加するため、血管のなかに血栓ができ、手足に焼けるような痛みが生じることがあります。脳梗塞や心筋梗塞のリスク増)

・脳の中に血管が詰まったところがたくさんできる、多発性脳梗塞に多い症状である小刻み歩行(少歩症)が、かなりひどくなってきていた。歩行のリズムが失われた状態。そのため、号令をかけることで多少足が前に出やすくなる。「いっちに、いっちに」と号令をかけて階段をのぼっていく。

・介護というものは、たとえ日中はデイケアやデイサービスに行ったとしても。家族の負担が全部消えるものではないのだ。

・老人医療の最前線にいる医者にとっては、変化のない日々はかなりつらいものだ。私はそんな状況でも、寝たきりの患者さんのところに行くことが、その患者さんの存在を認めることになるのではないかと思っていた。 →人として接する、ユマニチュードと共通。

・だれも訪れない病室に行き、患者さんに声をかけることが私の仕事ではないか、と思うようになった。

・介護の本当の理由はそこにあるのではないか。褥瘡ができないようにする、食事の介助をすることも重要だが、本当の目的は、どれほど重症になっても介護し、その存在を認めることなのではないだろうか。

・在宅医療の重要な条件のひとつが、いざというときにすぐに動いてくれる医療機関を知っているかどうかということ。

・どんな医療機関も、すぐには入院させてくれない。だから普段からどこかの病院にかかって、コネクションをつけておくことも必要。

・医者というものは、一度みた患者さんには責任を感じるものだ。

・介護するために会社を休むことと、仕事をして介護の費用を稼ぐことは同じ意味だと考えられればかなり家族は楽になる。

・入院のやっかいな点は、すべてまかせきりにできない点。汚れた衣類を取りにいき、代わりに洗濯をしたものを持っていかねばならない。有料でいいから洗濯して消毒までしてくれるサービスがあるべき。

・母が病気になって、父といろいろ話す機会がふえた。それは母が父と私にくれたプレゼントのように思った。 →介護のよって起こる良い状況もある、、、

・前立腺肥大などがあると風邪薬の副作用で尿閉を起こすことがあり、ときどきお年寄りが脂汗を流して外来にやってくる。

・家族にとっては、資格よりも介護する相手を気遣う心をもてるかどうかということ。

・顔を認識するのは大脳の右側でおこなっていて、その機能が壊れると相貌失認といって人の顔を区別できなくなる。脳梗塞などで、右の後頭葉が壊れると起きてくる。

・新しくなった診療所を見せることができなかった。生きているということは、体験できるということであろう。それができてこそ、自分の存在を確認できるような気がする。 →色々なところに連れ出したり、体験してもらうこと。それこそが例え介護を受ける状態になっても、自分の存在確認。 →どうしたら、色々な体験をしてもらえるか。

・名医の定義:いざと言うときにすぐに動いて病院や医者を紹介してくれる医者だ。一般にはかかりつけの医者が大切になってくる。そこからの紹介があるのとないのでは、病院の受け入れが違ってくる。

・手を握って離そうとしなくなる。把握反射で、大脳の前頭葉の機能が低下すると出てくる症状。

・私は家族がおかしいと指摘した場合は、医者がもっと慎重になり、診察や検査をしなければいけないと思っている。しかしそれは難しい。患者の家族からの指摘に従うことは、自分がきちんと診ていなかったことを証明することになるから医者はそれを無視し、自分を権威づけようとする。

・口から物を食べるというもっとも基本的な運動能力を維持するために、人間の脳神経は二重の構造をもっている。手足の運動神経は左右の脳の一部が脳卒中で壊れれば、反対側に麻痺などが出る。飲み込むという運動は喉を動かさなければならない。その動きは脳神経の一部で支配され、左右両方で交差してコントロールしている。片側が壊れても、十分機能が保たれるようになっている。・つまり飲み込めないという症状は、左右に複数の脳梗塞の跡があるということ→左右どちらかこわれても飲み込みできるしくみ!スゴイ!

・ときどき、病気の意味を考えることがある。病気が悪であるなら、病気になりにくい人間だけが生き残ってきたはず。進化論的に考えれば、いまだに病気がこれだけあるというのは、何か別な意味があるように思えてならない。病気がなくなることなく、人類とともにあるのは、ゆっくり遺伝子を変化させ、新しい環境へ適応できるように人類が変わっていくことのできる手段を残しているのかもしれない。 →コロナ禍の今、この文章を見るとハッとしてしまう。

・ロックド・イン症候群は脳卒中の特殊なタイプで、意識も判断の能力もあるが、手足は動かず、眼球の動きや瞬きだけで意思を伝えることしかできない状態をいう。

・患者のわずかな訴えや反応は意識のないものであると見ていたが、家族の視点は違ってくる。医学教育では患者さんのわずかな変化に気がつかねばいけないと教えられるが、臨床を経ていくと次第にその視点が失われ、自分の経験していること以外を排除していくようになるのは不思議である。

生活の台本ワークショップ第一回 レポートです!

こんにちは、土田です。年末の慌ただしさや色々なニュースに心が落ち着かない日々ですね。ただいま12月20日(月)の早朝、近所のファミリーマートのイートインコーナーでこれを書いています。ワークショップのレポートを書こうと思いつつ、職場や所属劇団のアレコレで日にちが立ってしまいました。でも、落ち着かない中では書きたくないな、、、となんとなく感じていたのですね、これは先日のワークショップが、自分にとって大切な経験だったからだと思います。

さて、レポートの内容に入っていきましょう。12月11日(土)10:00~11:30、生活の台本ワークショップを開催しました。これは私が主催していた「介護にかかわる人のための演劇ワークショップ」で行っていたオリジナルワーク、「生活の台本」をメインに据えて構成したものです。今回、オンライン開催でビデオ通話アプリZOOMを使用しました。オンラインでワークショップをするのは今回初めてです。企画した頃は新型コロナもだいぶ下火になっていた頃で、今後はリアルで開催かな、なんて考えていましたが 、、、。新変異株が出てきたこともあり、オンライン開催は今後も継続になりそうです。

アシスタントは田澤恭平くんにお願いしました。「介護にかかわる、、、」では共同主催だった彼はZOOMの達人。技術的な面でだいぶサポートしてもらいました。田澤くんがいなかったら今回ワークショップは成り立たなかったです。そして、今回の参加者は3名。過去のリピーターの方と初参加の方!ご参加、本当にありがたい限り。演劇に関わりが深い方が多かったです。さらに参加機材がスマホ、タブレットそれぞれで、ZOOMって操作方法も機材ごとに変わるんですね。オンライン会議の奥深さ!?を感じました。ZOOM、もっと勉強しようと思います。

9:45に開場、少しずつ参加者さんがいらっしゃいます。今回のワークショップの目標は、「ようこそ」とウェルカムな気持ちをこめて言う、でした。オンラインだと緊張するので、そこだけはしっかりしたかったんですよ。10:00にスタート。挨拶、自己紹介をしてワークショップの簡単な説明を行います。そして、ワークショップのお願い事を3点。「画面共有します」と言いながらアナログ手書きの用紙をお見せします。そして参加者さんの自己紹介。①今回呼ばれたい名前、②本日の調子や皆さんに伝えたいことなど何か一言。皆さん、少し緊張しているご様子!?

最初は導入・ウォーミングアップから。まず、名前の表示を呼ばれたい名前に変更して、その後ろに状況を書いてもらいます。「土田@自宅」みたいな感じです。これも接続機材によって操作が違ったりして、もっとうまくお伝えできると良かったな。

「リアルだと歩きまわりながら握手して挨拶したりしますね、オンラインでも握手していきましょう」と「オンライン握手」のワークへ。私がお一人を指名して、お名前を呼びます。「はい」とお返事いただいたら「宜しくお願いします」と手を伸ばして握手のジェスチャーをします。握手した相手は、次の相手を指名して同じことを繰り返していきます。手の角度や位置がちょうどいい位置に来ると実際握手してるように見えて面白かったです。そういえばある介護の研修会で講師が生徒全員とのエア握手をやっていたのを思い出しました。エア握手は感染症対策にいい感じかもしれません。最後は全員で両手をクロスして、輪になっての握手をイメージして終わりです。

そして、どんな人が参加しているための質問コーナー。これは、ZOOMのチャット機能を使います。「好きな食べ物」や、「好きな役者」を聞いたりしました。佐野史郎さん等のお名前が出ていましたね。ジョン・ローンという役者さんは知らなかった、チェックしてみよう。

他の参加者さんと馴染んてきたところで肩のストレッチへ。オンラインは身体が普通と違う疲れが出ます。前もってほぐしておきましょう。肩の上げ下げしたあと、肩を両手で触って肘をぐるんと回すのを3回。そうしたら、「画面の四隅」というワークへ。右手の指を右上の画面の角に当てます。そこからオンラインの画面の端をなぞって一周します。これ、私が過去にやって苦戦して面白かったワークです。とにかく「何で真っ直ぐいかないの?!」と自然と笑顔になります。左手の指先もやったあとは、手のひらを広げて横に動かしていきましょう。画面の汚れをキレイにするイメージです。終わったあとはなんだか皆さんの顔色も良くなった気がするのが不思議です。

さあ、ここまでがウォーミングアップ。ここから本題の「生活の台本」ワークに入っていきます。最初に簡単なレクチャー。「認知症とは何か?」の定義を紹介します。結論から言うと、認知症とは「暮らしの障害」、イコール生活障害。では「生活とはなにか?」これをみんなで考えていこう、というのがこのワークショップです。ここで、ZOOMの投票機能を使い、簡単なアンケートを取りました。介護の経験があるか、認知症の方と関わったことがあるか?などをお聞きしました。

ここで、生活の台本ワークのお題の発表です。今回のお題は、、、「歯みがきをする」!これを分解していきましょう。5分の時間内に、用意していただいた紙に書き出してもらいます。例えば1,洗面台の前に立つ、2,歯ブラシを手に取る、、といった感じです。次にこちらで指名したペアになってブレイクアウトルームへ。まずは一分で「読む人」「演じる人」を決めてもらいます。1分たち、メイン画面に戻ってきたら、誰が読む人で演じる人か確認。再度同じペアで、今度は5分、ブレイクアウトルームへ行きます。ここはお互いに書いたものを読み上げて、お互いの内容をシェアしてもらう時間です。感想を言い合ったり、相手が読んだ行為を実際に動いてみたり。ここで、お互いに質問しあってもらうでも良かったな。置き場は?とか歯ブラシの色は?など、よくわからなかった部分を質問をし合うと面白いかもしれません。

5分のシェア時間が終わったところでいよいよ発表です。今回は2チームということもあり、代表者でZOOMじゃんけんをしてもらいました。勝った方が先行後攻を決めてもらいます。発表は、「読む人」が自分の書いたものを読む。「演じる人」は読まれた行為を実際に演じてもらう。「演じる人」はZOOMのスポットライト機能で画面にアップされていて、読む人の声に従って、画面の中で演じてもらうわけです。そして終わったら交代。を行いました。

いやあ、、、面白かった!実は個人的には「地味なワークだし、淡々と終わるかな?」なんて考えていましたが正反対でした。以前もこのワークで結構笑いも起きていたことを思い出しました。最初のペア「読む人」役の「ここにモンダミンがあって、、、」の言葉でまず爆笑。固有名詞が出てくるととたんにイメージが湧いてきます。そのペアの方、「まずコップの汚れを確認する」というのもその方の個性が出てますね。他にも、何でそんなところに?!という置き場だったり、スマホを見ながら歯を磨くなんて話が出てきたり。いやあ、豊かな時間でした。「生活」って本当に一人ひとり違うことを実感。無理に面白いことしなくても、何より面白いのはその違いなんですね。自分では普通のこと、当たり前のことが他の人にとっては面白かったり興味深かったりする、ということに気づきました。参加者さんの分解の仕方は2タイプに分かれていました。歯を磨く行為そのものを細かく分解して書くタイプと、歯磨き自体はサラッと書いて、その前後の準備や片付けに詳しく書くタイプ。私も自分で書いてみたのですが、行為としての歯磨きを分解する前者のタイプでした。準備や片付け、磨いている状況など、意識していなかった部分がたくさんあることに気づきました。今回の参加者さんように、「自分の、普段やっている様子」や「どんな場所でやっているか」なんかがイメージとすごく面白くなるんですね。だから、台本のト書き風じゃなくて、「この洗面所はすごく狭くて、、」とか「この左側にお風呂があって、、」とか、「鏡はこのぐらいの大きさで、、、」など、語りで解説が入るといいかもしれない。語り方も楽しめるように検討してみましょう。

最後は、生活の台本ワークの振り返りをして、終了です。「いろんなことを同時にしかも考えずにやってることに気づいた」「相手の書いたものを演じるから、細かく書いてもらうとやりやすかった」「普段と違う他人の動きをやるのが面白い」、「生活と演劇がつながった」などの感想をいただきました。

以上でワークショップ振り返りレポートは終了です。ワークショップ後、良い時間を過ごせた余韻が数日続いていました。ご参加いただいた皆さん、アシスタントの田澤くん、関心寄せてくださった方、皆さんに感謝します。次回の日程は決まっていないですが、またタイミングを見てやりたいですね。今後は自分のペースでゆっくり進んでいきます。開催の際はまたこのブログ等でお知らせいたします。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

12月に「生活の台本ワークショップ」開催します!

久しぶりに個人企画のワークショップを開催します。

「生活の台本ワークショップ」
介護の本質を体験することで毎日の介護がかわる。
演劇の要素を用いて、生活行為の分解を体験し、参加者同士で共有します。介護とは何か、生活とは何かを考えられる体験ができます。演劇経験なくても大丈夫です。

日時:2021年12月11日(土)
   10:00~11:30
場所:オンライン上のビデオ会議ツール
対象:介護・演劇に興味ある方ならどなたでもZOOMにて開催
参加希望の方は後日リンクをお知らせします。参加費:無料
募集人数:8名
申し込み締め切り日:12月9日(木)
申し込み先:info@tsuchidayu.com
(お名前、メールアドレス等連絡先をご記入ください)
または土田まで参加希望と直接メッセージ送っていただいてもOKで

本田桂子著「父・丹羽文雄 介護の日々」を読む

専門書100冊チャレンジ:認知症ケア、演劇、ワークショップ、介護に関連する書籍(自分で専門書と感じればOK)を100冊読んでレビューします。:本田桂子著「父・丹羽文雄 介護の日々」を読みました。知る人ぞ知る多作の作家、後進育成やアマチュアゴルフの発展などに尽くした丹羽文雄氏。その長女である作者の両親の介護についての1997年刊行のエッセイ。傑作。父はダンディな小説家だったがアルツハイマー型認知症となり、困った状況もあるが、仏様のような感謝をする姿が描かれる。一方その妻である作者の母は、完璧なしっかり者だったが脳血管性認知症となりまだらボケの状態、不満病と言われる位、周囲に悪口や批判ばかりするようになる。この両親の介護の経緯やその取組みについて具体的に描かれている。すごく読みやすくて面白い!この本で読書会したい位です。4つのポイントとして、介護に役立つ点、演劇の視点、カルチャーの視点、家族の物語の視点で読める。ここでは演劇視点から気になったことを紹介。・昼寝明けの父が「おい、女将、預けていたピストルを出してくれ」「でも、外は暗いですよ。明日の朝になさったら。」と著者はとっさに旅館の女将に「変身」する。・朝ごはん終わったあとに「いくらだ」と言う。「お夕飯と一緒にいただきますから結構ですよ」気になってなんどもいくらだと聞く「千円です」というと、「ごちそうさま」と渡して落ち着いた。新聞社に勤めている孫に「どこに勤めているんだ」「読売新聞社です」「ああ、原稿ができているから持っていきなさい」「ありがとうございます。それではいただいてまいります」家族、介護専門のお手伝いさんが皆、こんな対応ができている。この本を読んで、対応が参考になった当時の読者の人は多いんじゃないだろうか。それと、後半、作者がアルコール依存症になり、その対応についても書かれている。夫は酒を飲めないが夫婦で入院、完治することはなく毎日「今日は飲まないでおこう」という決心を続ける以外ないと学んだそう。これも当時としては知らない人も多かったんじゃないだろうか。「ケアする人のためのケア」の必要性についても書かれており、今でも参考になるところが多々ありました。グラフィックレコーディングしてみたのでそれも載せておきますね~

「未来の年表2 人口減少日本であなたに起きること」 を読む

専門書100冊チャレンジ:認知症ケア、演劇、ワークショップ、介護に関連する書籍(自分で専門書と感じればOK)を100冊読んでレビューします。

7冊目:「未来の年表2 人口減少日本であなたに起きること 」河合雅治を読む。 元産経新聞論説委員のジャーナリストの方が書いた本の2作目。一作目は読んでないのだがベストセラーだそう。今作は少子高齢化・人口減少社会が個人にどんな影響をもたらすか、ギフトカタログのように一覧してみるというコンセプト。 すごく悲観的にシュミレーションして書いてあり、実際にこれらのことが起きると考えると、とても背筋が寒くなる。少子高齢化、人口減少、とフレーズで止まるのではなく、そうなったらどんな日常になるだろうか?と考えることが大事だと思いました。山崎亮さんの「コミュニティデザインの時代」という本は、人口減少を逆にすごくポジティブに捉えている。とても対照的。両方とも読んでおくと多面的に考えることができる。

・2016年、初めて年間出生数が100万人を割り込んだ。

・合計特殊出生率をおいかけても実態は把握できない。過去の少子化の影響で、今後は子どもを生む女性の絶対数が減っていくから。

・2017年、65歳以上高齢者の3人に一人は80歳以上。2043年(22年後)は総人口の7人に一人が80歳以上。高齢化率(総人口中の65歳の割合)は36%を超える。

・高齢社会の次は多死社会になり火葬場が足りなくなる。同時に住職不足で葬式も法事も待たされるようになる。

・8050問題:1980年代に10代で引きこもった子どもが、そのまま年齢を重ね親は80代、無職の子どもは50代で経済的、精神的にも行き詰まる家庭が増加する社会問題。

・団塊ジュニア世代:日本で1971年(昭和46年)から1974年(昭和49年)に生まれた世代を指す。(現在47~50歳)第二次ベビーブーム世代とも呼ばれる。2042年はこの年代が70歳に突入する年。2042年問題(高齢者数がピークを迎える)。団塊ジュニア世代は人数が多いため、10年前よりおよそ半分の水準で出世できていない。正規・非正規とも老後に貧困になる可能性が高い。

・刑務所内で高齢化が進み、刑務官が受刑者の介護をするケースが増えている。

・筆者は、個人でできる対策も紹介している。高齢になっての対策の一つに「起業」があった。女性起業家についてのデータで、起業の理由に「家事や子育てをしながら柔軟に働けるから」と。起業家は仕事が忙しくて大変だと思っていたが、自分のライフスタイルのために起業することもあるのか!!と驚き。起業にかけた自己資金は50万円以下が25%とトップ。元手が少ない分、起業家の手取り収入は半数以下が20万円以下。老後資金の蓄え、年金の足しとして考えれば大きい、と。なるほど~小規模な起業、という選択肢もあるのか!!それを知れただけでもこの本を読んだ甲斐がありました。

マンガ認知症 を読む

専門書100冊チャレンジ:認知症ケア、演劇、ワークショップ、介護に関連する書籍(自分で専門書と感じればOK)を100冊読んでレビューします。

5冊目:マンガ認知症 ニコ・ニコルソン/佐藤眞一

家族介護の経験のある漫画家さんと認知症心理学の研究者とのコラボ本。マンガと解説が交互にあるので読みやすい。心理学の観点から、具体的な対応策が書かれてあり、知らなかったこと、現場で活用できそうなアイデアもありました。ただ、特効薬的なことはなく、やはり地道なケアが必要ようなんだな~という感想。

認知症全般の解説から、認知機能についての解説もあり、最初に読む本には最適かと思います。最後に症状からの索引がついているのが画期的!

気になった部分。

・老年行動学、「認知症の事例を集めて三千里」

・家族が困っているのは本人が困っているから。本人が楽になれば家族も楽になる。

・大阪大学の今も事例検討会を月一回行っている。

・認知症とはなにか、の定義。DSM-5(アメリカの精神医学会の診断マニュアル)に基づく。「3つの条件:①何らかの脳の疾患により②認知機能が障害されて③生活機能も障害される」うつ病やせん妄などは除外診断する。 例:①アルツハイマー病で②見当識障害により③トイレを洗濯機と間違えて服を入れてしまう

・認知機能は6種類:①複雑性注意(2つのことを同時にする)②実行機能(予定を立てる・暗算)③学習と記憶(短期記憶:新しいことを覚える。長期記憶:言葉の意味がわかる。自分の経験を覚えている)④言語(相手の名前を思い出せる。相手の言いたいことが理解できる)⑤知覚―運動(空間認知:迷子にならない、服が脱ぎ着できる。視覚認知:人の顔がわかる。)⑥社会的認知(思いやりを持てる。相手の表情から感情を読み取る。我慢できる。暴言をはかない)

・認知症は介護や家族の支援を前提にした診断基準になっている珍しい病気。

・老化の物忘れは「思い出せない」、アルツハイマー病による認知症の物忘れは「覚えられない」の違い

・現代は認知症の診断にMRIが必須になった。認知症の専門医は神経内科と精神科医。

神経内科医は脳の障害=原因疾患を診る専門医。(アルツハイマー病、レビー小体病など) 精神科医は行動の障害を含めた認知症を診る専門医(アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症)

・リアリティ・モニタリング:その情報が事実か、単なる想像なのかを判断する認知機能。

・ソース・メモリ:その情報を「いつ」「どこで」「誰から」「どの状況で」獲得したかという情報源。

・物盗られ妄想が起きるのは、まず記憶の問題があり、さらに想像と現実を区別する機能が低下することによって起きる。

・総合診療専門医(2018年4月に導入された専門領域、仕事や暮らしまで含めて診察を行う。)が認知症患者を診るのが望ましい。精神科・内科など別々に薬を出されて処方薬がたくさん出てしまうのを防ぐため。→マンガ19番目のカルテ。

・展望記憶。朝起きて「今日は何か予定があった」(存在想起)、「〇〇さんと会話する日だ」(内容想起)という順で思い出す。

・選択的注意、、認知症の人は正面から話しかける・目を合わせて話すとコミュニケーションが取りやすくなる。

・見当識:時間と空間の中に自分を位置づける能力。英語ではorientarion(定位)

・認知地図:頭の中で映像で作る地図のこと

・脳血管性認知症では視覚認知を司る後頭葉の障害によって「街並失認」(よく知った街並みを見てもそれと認識できない)が起こることもある

・夫婦ではないがお互いを夫婦だと思っている男女。二人で歩くときはスピードが遅くなった。

・老化現象の3つの段階①歩行できなくなる②尿失禁③食べられなくなる

・ケアがコントロールに変わってしまうのは相手に何かするだけの関係だから。それを打開するには、小さな返報を積み重ねること。小さなお手伝いをしてもらいありがとうを言う関係を作る。例:チラシでゴミ箱を作る、洗濯物をたたむ、野菜の皮をむく等

・認知症の人も周りの人の気持ちがわからない

・アルツハイマーの進んでいる人の表情認知であまり悪くならないのが喜びと嫌悪(驚き、敵意、悲しみ、不安)→だから笑顔でいることが

・日常的な「じっとしていてね」も実はコントロールかもしれない。転倒するのが危ないからとただ頭ごなしに止めるならばコントロール、なぜ出ていきたいんだろうか?と考えて対応するのはケアになる。

・お互いの気持ちがわからない、その時には介護する側が認知症の人の世界に入っていくしかない。筆者がやっているのは「認知症の人のはなしを聞くこと」。

・認知症の人が覚えている昔の話を笑顔でする。

・笑顔の裏を察することが難しいので演技でかまわない。

→役者の気分、演技をしているつもりで接する。ただ、つまらない話を楽しそうに笑顔で聞くのは難しい。それを興味深く聞けるなら、演技でなくても笑顔になり、認知症の人の気持ちを穏やかにさせる効果がある。そのためには聞き手の中に昔の知識や関心が芽生えていなければならない。それを作るプログラムがあれば、介護現場で有効ではないか。

・毎日のご飯をつくるのと同じくらいの気持ちで介護ができるのが理想。

・何度も聞いてくるのに対応策としては、本人に聞かれる前に答える仕組みを作る

・紙に書いておく、食事の器を下げないでおく等

・認知症ケアの応用行動分析という手法。問題がある時には近寄らない。落ち着いている時に近づく。

興奮した状態だと人が来てくれると条件付けられてしまうのを、穏やかだと人が来ると学習してもらうというもの。

・ベネフィット・ファインディングで大変な状況の中からでも自分にとって良いことを見つける

「恍惚の人」を読む

専門書100冊チャレンジ:認知症ケア、演劇、ワークショップ、介護に関連する書籍(自分で専門書と感じればOK)を100冊読んでレビューします。

4冊目:恍惚の人 有吉佐和子著。この小説、本当におもしろくて深い!なぜ早く読まなかったのか。この本は3つの視点で読める。第一は認知症介護の参考書としての本。認知症の実際の症状や困った状況が具体的にどう現れてくるのか。そのサンプルがたくさん。認知症の症状は普遍的なので、この本が普遍性を持つ理由がそこにある。第二は生活史としての本。当時の風俗、流行、生活様式が細かく描いてあるので資料として参考になる。主人公の同世代の登場人物から、「私は大正の生まれですけど」というセリフがあるので、大正末期~昭和一桁世代だろうと思われる。それはそのまま、私が毎日お会いしている高齢の利用者さんの世代である。第三は女性について。共働きの主人公夫婦のやりとりから、当時の女性の置かれた状況やその感じ方などがよく分かる。現在の状況がどこからつながってきたのかを知ることができる。女性が介護を担ってきた歴史でもあり、上野千鶴子さんの著作ともつながるんじゃないかな。

・言わずとしれた介護文学の金字塔。この大ヒットで社会が動いてその後の福祉政策にも影響を与えた。

・時代背景についての衝撃。この本は昭和47年6月、新潮社より出版された、とある。昭和47年ということは25を足して1972年。今からほぼ50年前の本。

・まず痴呆(認知症という表現は当時はないのでそれにならって)になる茂造というおじいさんに対して「明治の男」という表現。明治時代の経験者がいた頃なのね。そして、平均寿命の話。女性は74歳、男性は69歳と小説の中で語られる。60代でなくなるのが一般的だったとは!今だとまだまだ若いって感じですよね。これって今と地続きのようでいて、全く違う世界のような気がしませんか。あまり注目されていないかもしれませんが、日本は余命の捉え方が大きく変化していたんだなと思いました。それに、おじいさんの長男は戦争を経験、戦後抑留していたと書かれている。シベリア抑留でしょうか、こういった経験が身近にあった頃。

その他、気になった部分!

・不相応に贅沢なものとして、冷凍庫と洗濯物乾燥機が出てくる。

・「流行のパンタロン」というフレーズ。

・毎年、敬老の日から一ヶ月間 10月15日までは65歳以上のお年寄りは無料で健康診断が受けられる。

・昭子は事務所で邦文タイピストをしている。洋文タイプは機械もタイピストも颯爽としてる。邦文タイプライターは活字の数多く、特殊な感じは一々スペアの箱から拾いあげるので、手間暇のかかる不細工な仕事。

・方向感覚の障害。とんでもないところへ向かって突進する。突然立ち上がり柱にぶつかったり、最後は縁から落ちて足を折って動けなくなった。

・水道の蛇口、ガス栓でも目につくと触って捻る。ラジオ、テレビも突然音が大きくなる。

・病院で流動食をゴム管で鼻から通す。保険がきかず完全看護で孫たちで負担をしている。

P104ぞろっぺい(形動) (「ぞろっぺい」とも) いい加減なこと。疎略なこと。また、そのさま。あるいは、しまりのない人。主に関東でいう。ぞろっぺ。

P113昼食後、納戸でゆっくり着替えている。「何処へいくんですか」「婆さんを迎えに行きます」「おばあちゃんは何処に行ってるんです」「東京です」「ここは東京です」と何度もいうも、どんどん着替えてネクタイ締めて靴を履く。耄碌した感じはなくどんどん歩く。後ろから飛びかかって止めるも馬鹿力で跳ね飛ばされる。信号も見ず一度も止まらず歩く。「昭子さん(嫁の名前)心配しますよ」と声をかけると足をとめ、「昭子さんがどうしました」「家で心配してますから帰りましょう」回れ右して歩き出す。合計二時間以上歩き続ける。

P178門谷家のおばあちゃんの震災の話「本所の被服廠の焼け跡。十二階が上から燃え落ちて四階でボッキリ折れたのも見た。火事が3日続いた。人間がこげてかりん糖みたいに固まっていた。生き残った男たちは竹槍を持って自警団というのを作った。大杉栄が伊藤野枝と殺されたのもあの頃。肉がちょっぴり入ったすいとんが一杯十銭、暑い中を行列して買った。」

p192本所の被服廠がかりん糖で、日比谷で肉すいとんの行列買い。テレビで学生が暴れているニュースを見て、「米騒動だ」と騒ぐ

P179夕食後の入浴介助。脱ぎ着は自分でできる。湯船に入ったらいつまでも出てこない、洗い場に尻をついて座る。石鹸はなくなるまで手をこすっている。

P199「愛が終わった」流行語→?

P208大正時代の話。・そろそろドンだよ、とかガス灯のつく時間だ。百円をギザと言って、孫には百円をチリ紙でひねってくれる。・

P216「事実この夜から茂造は頻繁に目をさましては、その都度暴漢が入ったと叫ぶようになる」

P256「怪獣のまねかなあ」→体操だった。「いつの時代の体操を茂造は思い出して実行しているのだろうか」

P261昔話に耄碌したした年寄は出てこない。芝刈り、洗濯と働いている。40過ぎに生まれたのを桃から生まれたことにしたのかも。

P276「女にとって、眼鏡をかけることは由々しい事態である」

P289骨壷から奥さんの骨を取り出し食べるシーン。

P300「厚生省社会局老人福祉課に照会してもらったところ、地域の福祉事務所に老人福祉指導主事というのが必ずいるからその人に相談するといい」

P305東京都民生局発行「老人ホーム利用案内」のパンフレット:低所得者のための養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム、有料老人ホームの四種類(当時)。特養は投薬・治療必要とする人は入所できない→現在との比較をするのも面白い。施設の変遷。

P326「今から何十年後の日本では六十歳以上の老人が全人口の80%を占めるという」「昭和八〇年には六十歳以上の人口が三千万人を超え、日本は超老人国になる運命をもっているという」

P371便所へ行かなくなった代わり、排泄は時と所を選ばない。おむつは常時当てておかなくてはならなくなった。近所の家からおむつが乾かないと、乾燥機を借りにくるようになった。→朝食後誘導したら、おむつでなく排泄できたのではないか?

P395便所での物音。「肥壺に落ちていないかと心配した」

P396陶製の男性用便器―一般にアサガオと呼ばれているーを抱えて足をばたばたさせていた。

P380満八十五歳の誕生日にホオジロを買った。手の届かないところへ吊るしてある。終日、小鳥を眺めている。→アニマルセラピー、小鳥なら直ぐにできそう。。

インプロがひらく〈老い〉の創造性 を読む。

インプロがひらく〈老い〉の創造性 くるる即興劇団の実践 園部友里恵著 を読む。気になった部分を抜き出し&コメント。これは専門書100冊チャレンジの三冊目です。

第一章

・著者の高齢者演劇に関する調査によるとシニア演劇の主体は健康な高齢者。

・サンフランシスコの演劇カンパニー「BATS Improv」バーバラ・スコットさん。高齢者対象のインプロWSを行っている。

・理解を確実にするため、ほんの少しだけゆっくり進めたり、多めに繰り返したりする。高齢者扱いされたくないという気持ちにも配慮する。

・「ゆっくり」と「繰り返し」。一回のクラス90分の中で扱うゲームは多くても2,3種類。同じゲームを小グループのメンバーを入れ替えながら何度も繰り返していく。

・身体の状態に常に注意を払う。

・バーバラさんのクラス。「疲れたら座ってもいい」という声かけしていないのに、参加者が自分の状態にあわせて参加の仕方を変えていた。すぐ座れる位置に椅子が配置。

・介護施設でのインプロ見学。・Mindy Cresonさん

インプロを用いた認知症メモリーケアの実践。「むかしむかし、、、」「毎日毎日、、、」「ところがある日、、、」その後に文章を付け加えて一つの物語を完成させるもの。つなげる順番は決まっていない。

・一文付け加えるたびに、最初のむかしむかしに戻って何度何度もも読み上げるのが特徴的。最後に「この物語の教訓は、、、」で終わる。次の物語にいくのではなく、今作った話を深める方向にいく。出てきた犬の名前は?どんな大きさ?目の色は?鳴き声は?海の色は?と五感を使った質問をする。

・何を言ってもアイデアとして受け入れられる。何も発言しない人もいる。

・ファシリテーターが、そこで生まれた物語をとても大切に扱っていると感じた。

・ミンディさんの、脳梗塞による半身不随と失語症の劇団員に対してのアドバイス。「彼を中心にすること」

第2章

・「インプロ体験を通じて、日常のコミュニケーションを振り返る」、が当初のインプロ講座の目的

・くるる即興劇団、稽古は月2回、一回90分~120分ほど地域の会議室や研修室にて。稽古の内容はカリキュラム決められておらず即興的に決める。年に2回、公演を行う。公演場所は稽古と同じ場所。上演時間も稽古と同じ平日昼間、90分~120分。

→こういうやり方もあるんだ!舞台に立つことをフラットに行ってみよう。

・当日まで役がふられていず、どんな物語かわからない。その日誰が出演するか自体分からない(!)当日体調不良で欠席したりしても大丈夫。、、、なるほど!!高齢者劇団に合ってる形式なのだ

・公演後のインタビュー調査で、自分が出すぎてうしろめたいという語りが出る。

→演劇公演を研究として、出演者・スタッフにインタビュー調査していくのどうだろう?

そこで何がどのように受容されていったか、を共有できると面白いのでは。

・席を円にして舞台と客席を分けず見せ合う。ルールから外れた人がいたら「新しいゲームが生まれた!」という。

・舞台上ではアイデアが出てこないのに、客席にいるとふってくる。

・一般にフリーシーンはハードルが高いが、高齢者インプロではそれが逆転する。ルールの理解が苦手なひとにとっては、ルールのあるゲームはハードルが高く、フリーシーンはむしろ取り組みやすくなる。

・稽古のウォーミングアップの進行役を劇団員にまかせる。今までやったこと、テレビで見たりしたことでもよい。条件は「みんなができそうなもの」。

・著者が妊娠・出産で欠席。ファシリテーターがいなくなった時、新たな関係性が生まれる。

・インプロでは、失敗が受容される。(まともにいかない・詰まったり・調子のはずれたことを言う人のほうが面白い)舞台にたつことを強要されない。関係の深さを問わず誰の隣にでも座ることができる

第3章

・ジブリッシュカード。小さな画用紙にでたらめにひらがなを書いてもらう。でたらめな言葉カードを持ち、セリフとして使って会話することで、シーンを作る練習をする。

→でたらめセリフを作るワークとして、できそう、、?ひらがなポーカーのカードがあるので、それを一枚ずつ引いてもらい、口に出す→カードに書く。進行役が話しかけるがその人はそのカードの言葉でしか話しちゃいけないルール。

・間違った発言から生まれたゲーム。両肩を上げて下げる時に「ストン」と言う。次に皆で息を揃えて「ストン」と言ってみる。

・骨折してるから出演「できない」→インプロでは骨折してるから「できる」シーンがある

・仮面演劇で「年寄りだからできるような動きがあった」

・仮面をつけて言葉がでなくなる状態はどこか老いと似ている面がある。1どんどん自由になる。2どんどん制約がふえていく。

第4章

・スポンテーニアスな状態:意識的に生み出すのではなく何かが自然に生まれてくること。

・ジョンストンの本「インプロ」。6歳の子どもに質問してアイデアを引き出したり、9歳の子どもとワンワード(複数名で少しずつことばを足して文をつないでいく)物語を共同で作り上げる様子が描かれる。→専門書認定。買おう。

・顔作りゲーム。人数分のA4用紙を配る。紙には直径10センチの円が一つ印刷されている。グループで順に線を足しながら、その顔を完成させていくというゲーム。変顔にする、誰が描いたか分からないようになる。

・脳梗塞の劇団員トシちゃんのエピソードの章。トシちゃんの言動が引き起こす笑いは、本人が意図しているのかわからないコミュニケーションのズレから生じる。これを笑っていいのか問題について考えさせられた。本人を傷つけてしまうのではないかという危惧。好意的な笑いとバカにする笑いとどう違うのか。

・稽古場に来れなくなった人のために自宅に訪問して出張稽古を行う。これすごくいいなあ。来れなくなったら終わりでなく、続けるための方策がある。これを思いつけるのがすごい。自宅で、奥さんが障害のある夫の役を演じて車椅子に座る。現実と虚構の境目がとけていく。オイボッケシの作品を思い出した。

・福笑い絵本で自由に顔を作る。その顔をまねするワーク。

第5章

・あらかじめできそうなゲームを選択することは、はたして良いことなのか。

・平日午前中という時間帯の設定で高齢者、しかも70代後半から80代の方が申し込んだ。→「平日昼間」は何かこういう場のニーズがあるんじゃないか。デイサービスではなく。

・「できない」状態であっても関われる学習コミュニティを作りたい

・認知症予防の活動は、できない人の不安をより煽るのではないか。

・呆けへの抵抗に違和感を感じる著者。だが「呆けの面白さ・豊かさがあるから呆けてもいいじゃないですか」というのは何か違うと感じている。高齢者同士の関係ならいいが、そうではない自分(筆者)がいうのは無責任だという。

・インプロを学ぶ時だけでも「迷惑をかけあえる」関係や、自分が「迷惑」だと思っていることが「迷惑でなくなる」コミュニティにしたい。

・呆けがもたらす表現も、呆けへの抵抗も、どちらも高齢者だからこそできる表現。

・「できない」と思っていた人も、自身の問いかけ次第で「できるひと」にもなりうる

・とっぴな答えを一つのアイデアとして受容する。

→その場にそぐわない言葉が出て困った時、「それ、いいアイデアですねえ!」とまず言ってみる。その後どうつなぐかは、、、それこそ即興(笑)

・この本の結論:インプロは高齢者の老いのイメージを「一部」ポジティブに変容させる。

・インプロが支配―被支配の関係にならない理由の一つが「その場限りである」こと。継続して上達していくを実感・確認できる機会もないことが、高齢者にとって上手い下手などの上下関係などにならない、フラットな関係を生み出せる。

・コロナで生まれたハガキで即興!ハガキにお題を書き、それに答えを書いてもらい、お便りとして共有するというもの。

→お便り出したら、読まれることって嬉しいんじゃないか。疑似ラジオをやるとか。高齢者の方で、聞けるラジオの方法ってどんなのがあるかな。

・老いを迷惑をかけることと思う祖母に「迷惑と思うかもしれないけれど関われるから楽しさが生まれる」→そうだよね、迷惑かける状況じゃないと「関わり」まで至らない。

→本全体で、認知症という言葉ではなく呆け、を使っている。三好春樹さんの考え方を用いているのだろうか。

→失敗することが捉え方によって価値をもったりすること。「注文をまちがえる料理店」のプロジェクトとも通じる。 →研究の事業なので、インプロで活動を行うだけでなく、インタビュー調査が行われ、その聞き書きも載せられている。単なるワークではなく、聞き書きがあることが重要なポイントだと思う。実際に参加してる方々の内面やゆらぎは、ワークショップ後の簡単なアンケートではすくい

「風呂と日本人」読書レポート

「風呂と日本人」筒井功著を読む。 もう~抜群に面白い!!

フセン貼ったポイントを抜き出してまとめてみました。

/風呂が各家庭に普及したのはせいぜいここ半世紀の変化。江戸も銭湯も最初は蒸し風呂だった。その湯量がだんだん増えて、いまの湯槽になった。/われわれの風呂の起源は、蒸し風呂にあると考えて間違いはない。そもそも風呂の言葉自体がもとはサウナを意味していた。(※漢字は当て字) /日本の伝統的蒸し風呂を「石風呂」「から風呂」など呼ばれた。(※地方によって様々な呼び名) /浴槽に湯をたたえる浴法も古くからあったが「湯」といって、途中までは風呂と厳密に区別していた。(幕末には既に混同) /香川県高松の塚原のから風呂、江戸中期から記述あり、起源はいつからか分からない(!)今も入れるそうな。 香川県には小豆島、高松市周辺に石風呂遺構が発見されている。/石風呂は身近でありふれた存在。そのため記録に残りにくく、忘却も早かった。 (→身近で当たり前なものほど価値がある理由はここだ!) /石風呂の起源は日本ではなく、おそらく朝鮮半島からの伝来。このルートはユーラシア大陸北部にさかのぼるとすると、日本の石風呂はフィンランドのサウナ、ロシアのバーニャにつながる!! /著者の調査中、石風呂があったことは住民でも知ってる人が少なくなっていた。所在も分からなくってしまった、消えてしまった石風呂が各地にある、、、。 /姨捨山は「オハツセヤマ」から転じた言葉で、葬所を意味し棄老伝説が実際の習俗と考えてる民俗研究者は今ではまず、いない。 /第八章は近世文学から近世以降の沐浴史をたどる。ここが一番面白い。大学時代、江戸文学のゼミ生だった私は懐かしの山東京伝の名を見て歓喜した。京伝の「骨董集」に「居風呂船」が出てくるとのこと。 /江戸時代の文献に出てくる「据え風呂」は移動式の丸い風呂桶のこと。(訪問入浴みたい!)一人用で、桶の下にかまどをはめこんでいた。腰湯程度の湯量で、蒸し風呂の要素を含んでいたのではないか。 /サウナ浴と温湯浴の中間形態!これが現在の浴槽につながるのか。 /近代の東京、その周辺の銭湯経営者は新潟か富山のものがほとんどだった。 /混浴は民族の性倫理や道徳観と何の関係もない。それはある民族の、ある時代の習俗を反映しているにすぎない。

介護に役立つかな~と思って読み始めたけど日本人の入浴そのものの起源をたどる話だった。せいぜい江戸時代から始まった現在の入浴形態が習慣・文化となっているのだなあ、、、とすごく広い視点を持てたのは良かった。その流れを汲んだ現在という最先端で、私は入浴介助ですったもんだしているのだな。本書によると、家庭風呂の急激な普及は、昭和30年代になってから。そう考えると、すごい最近なんですよね。