認知症介護の本質に気づけるオススメ本!

認知症高齢者の世界 日本赤十字看護協会 臨床看護実践開発事業委員会編 。代表的な事例「お風呂入らない」「家に帰ります」「ご飯食べてない」を 認知症の方ご本人の中で何が起こっているのか? の視点から考えていく本。 これによって私の気づきは沢山生まれた!

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BPSD(関連しておこる周辺症状)に深入りしないで基本のところを考察する、というのが良い。 「うちに帰ります」がテーマの箇所では「人前で眠ることができる場所」を考える→例えば、電車のうたた寝。(!)なぜうたた寝できるのか要因を分解。(行き先が分かっている。適度な室温。危害が与えられる心配が少ない、など)つまり、「うち」にはなれなくても安心できる電車の中ぐらいを目指そうと提言。

また、「ご飯を食べない」事例では 関係性を深めてその方の話を聞けるようになると 外の木が知らない男の人に見えている、ご飯の中に虫が入ってるように見えている、ことが判明。確かにそんな状況だったらご飯いりませんというだろうな、と共感&納得。 その原因を一つずつ解決して食べることができた事例。前提として、関係性を作る、安心して話せるようにアプローチしていくことが重要。

解決事例も多数。昔からずっと我が家で住んでいるはずの認知症の母が、「家に帰ります」と言われる。言い聞かせても効果はなく、半ばあきらめて一緒に部屋の中をぐるぐると回って「はい、おかえりなさい」と言うと落ち着いたという具体例に驚き。解決事例を沢山知ってると介護職としての引き出しになりますね。そもそも、身体状況の把握が大事とのこと。

認知症のタイプは何か、便秘や脱水はないか、睡眠や食事状況は?などの要因を分析することの重要性。 看護側から書かれた本だが、介護職としても納得&目から鱗多数でした。具体例がわかりやすいので家族介護の方にも役立つ本だといえます。また、うわべだけの対策はその場限りになってしまいやすい、医療に頼りすぎてしまう(安定剤で落ち着かせる)などの問題点があるように思います。その前にアプローチを変えることで解決してしまうことがある、ということは知っておいてほしいし、それこそが認知症介護の本質につながるのではないでしょうか。

地域の物語2024出演の振り返り

地域の物語2024「ラップしようぜ!~コロナの日々をふりかえる」 Cコースの発表会が終わりました。一般公募の参加者が、数回のワークショップでシアタートラムで発表会、有名な劇場に実際に立てるのは嬉しいですね。本番当日振り返りをこのブログに載せたいと思います。

本番の体感時間の早さよ。他の出演者のを楽しく見てたら「もう出番?!」って感じでした。前日のリハの後、MCマサーより指摘された二点「ラップ中に眉間にしわ寄ってる」「ひょいひょい出てくるのではなくゆったり動いた方がいい」のアドバイスを生かして改善。即修正できるのが私の良いところ。でもあれだけやってたのに2箇所ミスがあるんだから本番の魔物はいますね。でも見てた出演者はそんなに気づかなかったそうでホッとしました。
もうね、失敗してもいいやの気持ちでぶっ飛ばしてやったので、自分でも集中していた感、やりきった感がありますね。
直前の練習で、他のペアの掛け合いに皆で楽しみながらアドバイス、すごくクリエイティブな場で楽しかったな!本番で凄い仕上がりになって興奮しました(スノークリスプへのレスポンスソング)
終わった後の振り返りで、芸術監督の白井さんが!皆イマイチピンと来てなくて、いやいや王様のレストランのソムリエ役よ!とミーハーな私はここでも興奮してました(笑)

本番振り返りその2を披露。つらつらと思い出すので時系列は順不同。
参加者のラップコーナー、トップバッターは私。途中までを披露し、本編ラストで再度登場しフルバージョンを披露するという趣向。なのでトップバッターとトリをつとめることに、なったのは前日リハの数日前のメールでした。ヤバ!責任重大!と思いつつ、半分は出番増えてラッキー!
当日、開始時から客席がすごい盛り上がりで温かいムード。導入や自己紹介のコーナー終わり、私の初っ端終わるとポカン、、という感じで客席から反応なし。まあ、途中までだからね尻切れトンボに感じたのかも。内心これは、、スベってる?と思いつつ、ペアの出演者グッダンのラップを舞台上で聞く。間をたっぷり使ってるな、、ダークなパフォーマンス!これはすごい。
終わって待機席へ戻る。次のパフォーマンスはMCマサーのグッダンへのレスポンスラップ。グッダンのダンスも一緒に。これがすごかった!客席との一体感・ここでムード一変してお客さんを引き付ける。高らかにラップする人間讃歌のようだった フリーで言葉を紡ぎ客席のパートナーのことも入れてくるのさすが!私も思わずあがるフロウ。

本番振り返りその3。
いきなり時間は飛び上演後。ロビーに行くと懐かしい顔が。介護がテーマの地域の物語に出演した時の学芸ふくちゃん!(なんと大阪から)、共演者のさいとうさん、1960年世田谷の時から共演したぽらん、と会えた時の喜びよ。そしてダンサー・演出家のたまちゃんから一言目「だゆうは精緻だね」と声をかけられる。精緻?動きのこと?と思ったらコロナ年表のチョイスのことだった。
課題とは別に自分の整理用に作ったコロナの年表。ザックリ3年分の大まかな流れを掴みたくて検索するも細かいのばかり。なら、自分で作っちゃおう!と書いて学芸スタッフに送ったら進行役フニさんが年表ラップとして披露してくれることになった超嬉しい顛末。社会との距離感、客観性、が精緻と言ってくれて嬉しかったし、そこを見てるんだ、さすがたまちゃん!という驚きがありました。確かに色々取捨選択したのでね、年表作ることはその人自身が出てくる作業。
息子とパートナーが見に来てくれてたので急いで会いにいく、ハイタッチして嬉しそうだった。面白かった?に頷いてくれたのでそれだけで満足。「君も演劇やってみな!」と投げかけた時は手を横に振ってNO!とやってたらしい(笑)

振り返りその4
本番中、途中シルバーロブスターのレスポンスラップあり、本編ラストもありと気が抜けない出演順番だったので、ずっと気を張っていた感じ。他の出演者のを楽しみつつ、頭のどこかでは意識してるのよね。手が冷たくなってて緊張してるなーと。後日、パートナーが顔色悪かったと言っていた(笑)
ラストのコール&レスポンス、前日リハで決まったのでした。思わず「だゆう使いすぎじゃない?」と言ってしまったのだが、いやあ光栄です、ありがたいことだ。10年分の舞台出たかった想いをここでぶつけるのだ。
コール&レスポンス前の口上、進行役のラッパー、フニさんに相談すると「さっきのでバッチリオッケーっす」「マイクもって思いついたことは全て正解。全部やっていい」と。すげーな!フニさんが仏様か何かに見えてきた。全部受け止める包容力。フニさん側にはそういった方が効果が高い、、など計算もあるかもだけど、そういった打算を超えてとてつもないあったかいオーラを感じたのは初めての経験。
きっと、相手が何を求めてるか察知する能力が高い方なんでしょうね。僕は背中を押してほしかったんだろうなきっと。思いついたらやっていいよ!、、でもね、アドリブでやろうと思って客入れのアナウンスで大失敗した経験があるので、ノープランでは真っ白になるの、自分で知ってるんです。ということで口上すら練習しシュミレーションしました。これが10年間の経験を生かすというやつだ。

本番振り返りその5
本番前日、夜中目が覚めるくらいに緊張。当日の土曜日は息子を空手連れて行く、お昼のスパゲティ作るなど日常そのもの。で、午後に少し昼寝できたのよね。これで少しスッキリ。頭が、おもい感じが解消。これなかったら何かやらかしてたかも?
16時に稽古場入り。みな個人練習・ペア練習など。この時のムードがとても良かったー。直前の練習だけどアイデア出しあったりしていてとても温かかったなあ。
学芸スタッフのあさみん。10年前の1960年の世田谷などでもサポートして、くれていたのだけど一度離れて福祉系のお仕事をされて、近年復帰されていて。あさみんとも久しぶりの再会だったのだけど、彼女はその場で一番楽しんでる!って感じで場にいてくれるのでそれは最強のサポートだと思う。「だゆうかっこいい!」と言ってくれていたのでその気になって本番できました(笑)
進行役のおっちゃん。私はデイインザシアターでお会いして、その時「おっちゃん」だったのでおじさんではなくこう、呼びたくなる。絵本でワークショップ作るワークショップなども参加させてもらっていたけど博識さと場のつくり方といい、絶大な安心感をもって参加できるファシリテーター。途中、参加者のパフォーマンスをいわゆるダメ出しをする場があったんだけど、けっしてダメを言わない、否定をしないで伝える表現力にすげー!と内心興奮しました。視点をお客さん目線で伝えると、伝わりやすいし、ちゃんと理由があるから納得感があるのだろうな。今回、色々お話しできて嬉しかったな。

本番振り返りその6
たまちゃんに、年表精緻なのは10年前の時からそうだったと言われてたのだった。
情報というと、終演後の感想をSNSで検索。きっと書いてる人このワード入れるかな〜?と思って検索するのを自然にできてる、情報検索するチカラが高いのかもしれない。調べすぎて批判を見てへこむのが嫌で距離をおこうと思っていたのだが、それは裏表で自分の特性(情報を探り当てる)なのかもしれない。ストレングスファインダーでトップが収集心だし。
特性、のはなしはDJマサーとの会話でも出てきたのだった。帰り道一緒だったため、ほぼ毎回振り返りしながら会話。本番後も下高井戸の路上で缶ビール乾杯しながら色々な話題に。台詞を覚えられない→フリースタイルならいくらでもできるマサーに対し、僕は覚えるの得意、即興で言葉をつむぐのは苦手。(即興でも会話ならいけるな)それぞれの特性なだけで、良い・悪いではないのかも。なんて話しをしました。
マサーはプロのセラピストでセッションを受けたこともあり、メンター、先生としての関係性もあるのだけど、このワークショップでは同級生感があって新鮮でした。年上の人に対して失礼なんだけど、もし同い年なら話しながら「いいヤツだなあ!」とおもわず言ってしまいそうな感覚がありました。60代70代の参加者にも同級生に感じてたのでワークショップの場はフラットになれますね。
そうそう、下高井戸の路上で話しをしてると他の参加者が居酒屋帰りに遭遇の奇跡。なんとご近所でいきつけのお店も同じだったという、、、。「こんなことある!?」と叫んでいたのでした。

本番ふりかえりその7
シルバーロブスターとペアを組んでお互いにレスポンスラップを作っていたのですが。構成の関係でシルバーロブスターから私へのレスポンスが本番なくなることに。
「だゆう、生きてて良かったね!」と言ってくれる、思わずジーンとする内容だったので、本番前の稽古で無理言ってトラック流して録音させていただいたのだった。これは宝物。息子にも聞かせよう。
そうだ、前記事で書かなかった学芸のえっしー。ずっと地域の物語を担当されている学芸のトップでもあり、久しぶりの再会。段取りで少し迷う状況でも決め事をスパっと進めていく切れ味はさすが、、でも以前より包容力、安心感がアップしていて。毎年の地域の物語など様々な修羅場も乗り越えてこられたんだろうな、、と感じさせるオーラでした。
昨年度までとは大きく違い、今回は平日火曜日稽古、5回程度で舞台に立つという短期決戦スケジュールのワークショップとなり、まんまと?10年ぶりに参加した私達。舞台発表含めえっしーの手のひらの上の様な感覚もありますね。
本番後、息子が僕のラップを真似したり、自分が溶連菌にかかって学校休んだ経験をラップしたりして気に入ってる様子でして、嬉しい限り。大変な状況もあったけど、やって良かった出れてよかった!なワークショップでした。

新宿ミラノ座の中に美容院?検索しても出てこない情報とは

職場のデイサービスのご利用者で、80代で最近まで美容師やっていた方。「若い頃は新宿のミラノ座の中にある美容院で働いていた」とある日の思い出話しの中で、おっしゃった。 ミラノ座って昔の映画館ですよね?映画館の中に美容院があるの?と不思議に思って色々聞いてみた。

映画館の中にあったのは、コーセーがやっていた美容院とのこと。「パスがあるから、最後の30分だけ映画見たりしてね。カトレア美容院という名前。午前中は奥様、午後はお水(水商売)のお客さん。お水といっても銀座のお客さんが多かった。先輩が前に銀座でお店やってて、そこのお客さんを連れてきた。お客さんもカトレアですって言ったら中に入れるから、美容院のあと映画見ていったりしていた。いい時代だったね」 とのこと。設備として、入り口が一緒で映画館に隣接していたのだろうか?wikiをみると新宿東急文化会館という複合施設だったことが分かる。

↓ウィキペディアによるミラノ座

新宿TOKYU MILANO – Wikipedia

お水の人は気前がよくチップをくれたそう。「お金忘れたわ、貸してと言われて2000円貸したら5000円で帰ってきた。チップはためておいて、まとまったらスタッフの人数で割って配った。みんなのおかげだからね。」美容師さん堅実!

ある日、お水の人が同伴?したせいか服が昨日と同じだった。「あなたいいの着てるわね、今日私のと交換させて」と言われて「そんな派手なの着て帰るの恥ずかしいわよ」といったら「じゃあタクシーで帰ればいいじゃない」とタクシー代を出してくれた。 また、ある時は店に同伴してくれと頼まれた。「女でもいいの?」と聞くと「いいわよ、お客さんなら」と。そしてお店に一緒にいくと「良かった遅刻にならないですんだわ」 と言ってたと。同伴すると遅刻扱いじゃないらしい、、。 そんなお客さんとのやりとりを楽しそうに話してくれた。今から60年位前か?昭和30年代~40年代あたりと推測。

ミラノ座にあったという、カトレア美容院もネット検索しても出てこない。今の時代、たいていのことは全て検索できると思いがちだが、検索できない情報があることにハッとする。コーセーに聞いたら分かるのだろうか?

以前、渋谷駅前には甘栗太郎と東京パンってパン屋があってね、、、と仰っていた昭和一桁世代のおじいさんがいた。東京パンは検索しても出てこなくて、本当かなと思っていたら宮脇俊三さんの鉄道エッセイにその名前を見つけたときは興奮した。その後、白根記念渋谷区郷土博物館でジオラマに東京パンの模型を見る機会があり、あのおじいさんが見ていた光景はこうだったのか、、、!と静かな興奮があった。これは、一般的には大した価値がない情報なのかもしれない。ただ、すぐにアクセスできる時代にたどり着けないものがあり、それがアナログ的につながり発見できたときの感動は言葉で言い表せるものではなかった。今回の美容院も、いつかたどり着くことができると信じて待とうと思います。

ぼくは福祉で生きることにした を読む

「ぼくは福祉で生きることにした お母ちゃんがくれた未来図」 河内崇典著 を読んで面白かったので紹介します。(↓画像をクリックするとアマゾンのページに飛びます)

職場にあった本をお借りして読み始めた。そしたら止まらず、他に読みかけもあったのだがするすると読んでしまった。大学生時代の障害者支援のアルバイトをきっかけに、福祉事業所を立ち上げた著者の自伝的ノンフィクション。著者の猪突猛進型の著者のキャラクター、こういうタイプの立身出世物は苦手なのだが、どこか憎めないキャラクターと読みやすい文章で大丈夫だった。あと、どんどん行き過ぎてしまう著者の行動、その展開にどうなるの?と興味を引かれたのは事実。

私は高齢者支援のしごとをしているため、障害分野の経験が少ない。なのでガイドヘルパーの仕事がどんなものか、興味を持って読むことができた。そこでのトラブルエピソードが鮮烈。フードコートで、利用者さんが近くにいた子どもをふんずけて怪我させてしまうなど、、、。これ読んで介護職って怖いって思わないかな?と思うくらいでした。

本で著者が立ち上げたみらいずという企業は、ヘルパー派遣のコーディネイトが事業の柱。私が一番おおっ!と思ったのは、夜間や早朝の時間外支援の単価が2003年の支援費制度によってかなり上がり、売上高が大幅アップしたエピソード。制度によって左右される現実があり、タイミングがあえばこういうことも起こりうるんだな、、、。やはり制度や福祉のニュースを知っておくことは、介護事業所にとっては重要だと学んだ。

ストーリーに引き込まれて読んでしまうが、後半の被災地支援で職場を半年もあける。恩人の死である意味ヤケクソになり、自分を顧みずボランティアにのめり込んでいくところは物語として引き込まれるところ。あれ?と思ったのは、その後の再起のエピソード(そこからきっかけがあり大事なものに気づいて通常のしごとに戻っていくなどの)展開があると思ったが特になく終わるところ。ただ、東日本大震災の被災地支援の記述で「本当に避難や支援が必要な人ほど、避難所に来ない」という一言にはハッとさせられた。障害者や高齢者など、迷惑かけると思って避難所に来れない。だからそのための支援や工夫が必要なのだろう。令和6年能登地震があったため、この箇所の記述は重要な参考情報になっていきそうだ。

この本では福祉に飛び込むきっかけになったのは、とある一人の障害者の母親。その勘違い(あんたはいい子やねえ、という言葉)を裏切れず、障害者支援のバイトを続ける記述がある、、、。福祉のしごとをする裏側には誰でも、その人にとっての大事な出会いや信頼があるのかもしれない。私の場合は母方の祖母だろう。いつも「ツチくんは優しいね」と言ってくれて「そんなことないよ」というと「大丈夫、おばあちゃんはわかるから」と言ってくれていた記憶がある。この本を読んでそんな記憶を思い出したりしました。 いつか映画化するんじゃないかな?と思える本です。

元クリーニング屋のおじいさんにアイロンを持たせたら、なんと、、!?

私の職場である高齢者デイサービスは割りと自由度が高いのが特色。今日は利用予定の元クリーニング屋さんのおじいさんがデイサービスに来られたので、アイロン台とハンディアイロン、霧吹き、私のしわしわのシャツを持って行った。 一目みるやデイに置いてある宅急台の上でアイロン台置いて作業開始。「こりゃ温度低いからダメだ」といいながら30分程で一枚仕上げて下さった。袖や背中のラインもきっちりシワをつけて。さすがプロの仕事、、!霧吹きに洗濯ノリ混ぜるともっとピシッとするとアドバイス、さらに今度うちのアイロン持ってくるよと仰って下さった。

ちなみに、袖と襟の汚れを見て「きたねえなー、ちゃんと洗わなきゃダメだ」と。(笑)すみません、、!洗濯機じゃ落ちないから石鹸でやるんだ、と。 私は「アイロンがけの師匠になってください」と話しかけ了承してくださる。 これが弟子入りケア。職場には沢山の師匠がいます。家で襟と袖をちょっと洗濯石鹸で洗うときれいになった!これやってなかったの、恥ずかしい、、、!

また別の日に、このご利用者さんに再度シャツをお願いしたところ、ご自分の年季の入ったアイロン持ってこられました。普段は物静かにされているが、アイロン持つとシャキッとしキビキビと動き綺麗にかけてくれました。 おいくらですか、、!

最初に後ろの襟下の部分から当てていくんですね。あと当て布せず霧吹きでガンガン湿らせていく。 「水に洗濯のり混ぜるともっとピシッとするんだけどな」とのこと。 アイロンかけの手順を見させてもらううちに、出来そうな気になって家でもやってみたり。アイロンがけ、結構気持ちいいもんですね。弟子入りケアきっかけに、私の日常生活まで影響始めている、、、!

介護がちょっと楽になる気づき。認知症の方の繰り返しの話に相槌、、、あっ、これ「〇〇の稽古」に似ている!

認知症の短期記憶障害は「何度も同じ話をする」と言ったら分かりやすい。思わずさっき聞いたよ!と言ってしまいそうになるのだが、ご本人は初めて言ってるつもり、なので指摘すると落ち込んでしまったり怒ったりと、ストレスになってしまう。(そもそも指摘してもその後も同じ話になることも。)

ストレスは認知症を悪化させるとも聞くので、介護現場では、何度も聞いた話を初めて聞いたようにリアクションする。本人の中では初めて話していることなのに例えば「それ何度も言ってる話!」なんて言われるとショックだろう、つまりストレスになってしまう。御本人の気持ちや視点にそって適切に対応するには、「初めて聞いたように相槌を打つ」が基本中の基本だと言える。(関係性ができてきたり、御本人の病識によって別の対応もある)

だが、この対応を取ることは毎日一緒に暮らしているようなご家族には大変なことだろう。私は介護職で慣れているが、昼も夜も24時間でと思うと、冷静に対応できるかどうか。 だがある日、認知症の方とお話をしているときに、「何度も繰り返される同じ話を初めて聞いたように反応する」はある状況で似ている行為がある事に気づいた。

それは、、、演劇の稽古場。一般的なストレートプレイの台本なら、同じシーンを何度も感情を入れて繰り返す。私は社会人劇団に所属し、昔舞台に出た経験がある。台本のセリフや動きを覚え、相手役を見ながら演じる。そして演出家が止め、「違うなあ、もう一回」と言われる。 そのとき、相手は同じセリフ、同じシチュエーションだが、そこで同じ反応を感情を込めて演じる。それは場合にもよるが、何十回も繰り返される。稽古をはたから見たら滑稽かもな、、と思うこともあった。 オッケーが出るまで同じセリフ、同じ感情を何度も繰り返し演じてるのだから。

これ、認知症の方の繰り返される話と同じじゃないか? 役者が稽古でやっていることと、家族を介護している人がやっている行為は実は似ているのではないだろうか。なぜ演劇の方は積極的になされ、認知症の方の対応は嫌がられるのか。 演劇の稽古には時間の終わりがある。また、そこで良しあしを評価をする演出家がいる。そして最終的に舞台で発表するという大目標がある、、、などの違いがあるとも言える。

認知症の方との対応に疲れた時、ふと「演劇の稽古みたいだな、、」とその状況を客観化できると少し気が楽になったりうまく返事できるかもしれない (もちろん息がつまる位大変な状況は助けを求めるべきですが)

そんな介護現場で、繰り返される同じ話を、感情を込めて上手に対応しなさってる相槌の達人がいる。それは、、同じ認知症の短期記憶障害のある方。この間も、同級生の大正15年生まれのお二人。「私はね、生まれが大正15年なのよ」「あら、あなた私と同じ年なの?!」

と同じ話で何度も新鮮なリアクション。なぜなら、認知症の短期記憶障害で忘れていて、本当に初めて聞いた話だから。 日常生活では困りごとに繋がる、直近の出来事を忘れてしまうという障害が、「繰り返す話を感情をこめてリアクションする」というフレームの中では達人となる。 これは一口に認知症といっても、同じ程度の短期記憶障害でないと成立しない。認知症の特性なのかもしれないが、同じ障害がある人同士が最良の話相手になれるという意味では、デイサービスなど施設の有効性にもつながる。私も「本当に初めて聞いたように」相槌を打てるよう精進していきたい。何しろ達人は職場に沢山いらっしゃいますから。

お風呂拒否の方への最高のワード「健康診断」

お風呂で好きな曲を流して浴槽に入れるようになってたお爺さん。 最近、何をやってもお風呂に入ってくれなくなっていた。 とりあえず体重測定で、、とお誘いして風呂場までは来てくれるがそこからのステップが「昼に入ると風邪ひくから」でお断りされてしまう。

服を脱ぐ面倒くささがあるんじゃないか?と推測。1、2枚服を自然に脱ぐシチュエーションはないか?と夜中ぐるぐる考えて明くる日。 「今日は健康診断の日です」とお誘い。 風呂場で体重、血圧測定をするとお伝え。そして「まずは上着とズボン脱いで下着になって下さい」と声かけ、脱いでいただける。

計測しながら、お好きな曲を風呂場用無線スピーカー(ダイソー300円)で流す。 おおっ!と笑顔になられ、歌を歌われる。 浴槽の蓋をとり「入浴剤入れておきますね」と温泉の素を入れる。すると「これ入ったらいいの?」とご自分からその気になられる発言。(!!でも平静を装い)「良かったらどうぞ」

と脱いだ服を入れるカゴを置いて退室。 するとご自分で脱いで、入られる、、、! 曲に合わせてご機嫌で歌いながら浴槽につかっていらっしゃった、ふう、、良かった~。 健康診断のお誘い、これで、しばらくは入っていただけそうです。。

本日も担当の日。帰るよ、の訴え多くて今日はだめかな、、、と思いながらお誘い。 服を脱いで体重測定して、お風呂促しても「今日は入ったことにしてよ」と。こりゃ無理か、、ダメもとで 「健康診断で入ります」とお伝えすると「ここ入ったらいいの?」と服を脱いで入ってくださった、、、??

健康診断のワードでコロッとその気になられる、私も何故入られるのか不思議。。 前回健康診断で、、、とお誘いしたことは忘れてる位、短期記憶障害が強い方。前にやっただろ、、と言われないだけありがたいですね。ということは、短期記憶障害があるおかげでお風呂に入っていただける、という逆説ともいえる?。

企業勤め40年、しかも管理部門一筋の方。それもあって健康診断というのは馴染みがあったのかもしれません。

入浴できない時のステップとして、脱衣場に行く、服を脱ぐ、浴室に入る、、が、ありますが最初に「お風呂にいきましょう!」でことわられるケースはやはり多いので移動の声かけは別でお誘いしてみると有効かもしれません。(最初、ストレートにお誘いして入ってもらえるのが一番なのでそのステップを踏んでから別の声かけにかえます)

私は良く「体重測定で、、」とお誘いすると来てくださることが多いです。そこからお風呂を見せてお誘いするのですが、ちゃんと「入りたくない」といったらやめる選択肢を残すことが大事、無理強いは決してしないことがご利用さんの権利として守るべきで、そこは忘れないようにしています。(懇願してみたことはありますが、、ダメでした)

入浴拒否どころか帰りたいと言っていたお爺さん。風呂場でまさかの展開に、、!(介護のプロ技)

デイサービス日常。 以前にも書いた、昼前になると「帰んなきゃいけないんだ」と落ち着かなくなりドライブで気を紛らわす方。 入浴予定だったのだが、今日はいつもより早めに帰宅したいご気分になってしまう。 いつもなら快くいいよ!と入って下さるのだが、「今日は無理だ、、、!」と玄関へ向かう。気晴らしに近所の畑にドライブ。戻ってきて、「あれ?ここはうちじゃないのか?」とやや混乱気味のご様子。 お風呂という単語はその場で拒否になってしまうので(あわよくば入ってもらいたいな、、)と思いつつ、「帰ってきたので手を洗いましょう」とお風呂場までお連れする

脱衣場にイスがあるのだが、そこに座ると風呂場の中に入るまで難しそうな予感があり、 風呂場のイスを示して「こちらで」とお誘いする。 チラッとお風呂場を見て「今日は入んないからね」とボソっと。(笑)もちろんですよ~、と笑いながら内心(こりゃダメか、、)でもダメ元でチャレンジだけしよう。イスに座ってもらい、桶のお湯で手を洗ってもらう。この時頭の中で考えていたのは、、 お風呂に入りましょう、じゃ無理。それに近い行動を少しずつしてもらって、入浴する気分になってもらえないか? 近い行動、、温タオルで顔や手をふく。足湯をする。着替えのため服を脱ぐ。 等が頭に浮かぶ

そこで、まず温かいタオルを絞って、「これでお顔ふいて下さい」と渡す。次に、「看護士さんが足を温めると健康に良いと言ってましたよ」と足湯用のバケツにお湯を入れお見せする。 「ちょっとつかるだけでもいいですから。じゃあ靴脱いでも宜しいですか」「いいよ」とイエスのお返事!すかさず靴、靴下を脱ぐお手伝い。ズボンをまくり、足湯に足をつけてもらう。 「熱くないですか?」「大丈夫」「じゃあ足の裏洗いますね」と、ボディーソープをつけ泡立てたタオルで足をはじめとする洗わせていただく。 この時点で拒否はなく表情も気持ち良さそう。

足を洗い流して、タオルで拭きながら「そうだ、娘さんが着替え用意してくれましたよ、さっぱりするから着替えましょう」とお伝え。拒否はなく、そうか。お返事あり。服を脱ぐお手伝いをして、ここで「じゃあこの桶で体にお湯かけて下さい」と飛躍の一言を、お伝えする。すると桶を使ってお湯をご自分の体にかけ始める。「お湯加減どうですか?」「ちょうどいいよ」とお返事。 ここでNGなら「何でお湯かけるんだよ」「もうあがるよ」など仰る、または何も言わず風呂場を出るので、入浴いけそうだと判断。「じゃあこれで洗って下さいね」と泡のついてタオル渡す。

体洗いはご自分でしていただける。「じゃあ頭洗いますね」と声をかけると、「いや、頭はやめとこう」と拒否されるのでそこは無理強いはせず。「お風呂入ってあったまりましょうか」「そうだな」と入浴してくださる、、良かった! 風呂上がり「気持ち良かった」との言葉もあり満足されたご様子でした。

見当識障害があり、場所の認識や理由の理解が難しい方は、一見入浴するのは難しいように思える。今回の方も、入浴どころか帰る気持ちになっていたのに、手続きをふみ、適切に声掛けすることで入浴してもらうことができた。認識回路がうまくつながったら入浴できる可能性があるということが言える。

トイレ介助での非言語コミュニケーション技法

職場のデイサービスにて。失語症があり、中々言葉でコミュニケーション取れない方。 トイレに座るという行為もできにくくなっている。今日、トイレまで行ったがズボンはいたまま座ってしまう。言葉かけしても立っていただけない。そんなときはまず、左手をふれ、左側にあるトイレットペーパー台を掴むよう誘導する。そして、右手で握手し、肘を持ち。ゆっくり「じゃ、立ちましょうか」と言いながら軽く右手を引く。 と、自然に立ち上がってくださる。

「ズボン下ろしますね」といって、ズボンと下着を下げるわけですが、いきなりだと脱がされたと感じ怒り出す方もいます。なので膝上を手の小指側でトントンとタッチしながら「ココまで下げますね」と伝えるということをやってます。

そして、膝まで下ろした状態で再度座っていただく訳ですが今度は中々座ることが、伝わらず立ったままになってしまうことも。そういうときは「便座に座りましょう」と伝えながら鼠径部を軽く押してあげると座りやすくなります。座れない場合は後ろが見えなくて怖くて座れない場合もあるので、後ろをみてもらうように声かけしたり、片手で手すりをもってもらったり、しています。

身体機能は問題ないが、認知機能の低下により立つ・座るが上手く伝わらない、理解しにくい方への対応は介護現場では良く出てきます。 もし、難しい場合は、立ったままで目的を達せられないか手順を変えることも有効です。

先日は入浴時に、立ったままで椅子に座ってもらえなかったのですが、切り替えてその状態で服を着てもらいました。何かにつかまったまま、片足ずつ上げられる方だったので。状態を把握して、座らなくても目的が達せられるのであれば無理に座らせようとしなくても良いと割り切れるかどうかが重要ですね

デイサービスのおばあさんに子どもの相談をしてみたら

小学生に入ったばかりの息子が「勉強嫌い!」と言いだしたので職場のデイサービスの利用者さん(長年中学校の体育教師の方)に相談してみたら、沢山アドバイス下さった。今の時代合わない部分もあるかもだけど、参考になったので紹介します。

・その方曰く、今まで自由に遊んでいて、 急に勉強するんだからそりゃ嫌いになる。そういう時は叱っちゃダメ。「そうなんだ、ぼくも昔、小学生で学校嫌いだったけど、慣れてきたら少しずつ好きになって、友達も増えて楽しくなったよ。」って言ってあげたらいい。

・あと、小学校の保護者会や面談など学校に行く際に、担任の先生に「学校で何かあったらすぐ言って下さい。私も初めての子どもで分からないこと多いので」みたいに言っておくこと。

・どんなに未熟な先生でも下手に出て挨拶しておく。そうすると、先生の態度もかわってくる。授業中も意識して観るようになる。

・子どもの前で先生の悪口は言っちゃだめ。子どもの態度が変わっていってしまうから。いないところで言うのはいいけど。 勉強できる、できないは気にしなくていい。素直に育つのが一番大事。そのためにはあーしろ、こーしろ細かく言わない。子どもの相談にのる、話を聴くことが、大事。「ぼくも頼りないけど、聴くだけ聴くよ、言ってごらん」って言って一生懸命聴いてあげたらいい。

・ちなみに、 中学生は一番難しい、大変。友達の付き合いが大きくなるからね。悪い子と付き合って、変な方に引きずられることある。そうすると、戻らないし戻れない。そういう時、付き合っちゃダメというと余計にそっちに言っちゃう。何かにつけて聴いてあげる。 「僕も同じだったよ、学校やめたいと思ったよ」と多少作り話してもいい。中学生の一学期の、中間テスト後位が危ない。緊張が解ける最初の時期。ここでつまづく子が多い。

・先生は生徒には一律に接する。ひいきしたりすると子どもはすぐに分かる。 などなど、、息子、まだ小学校なんですけど、気づいたら中学生の話になっていました。でも、きっとたくさん親御さんの相談に乗ってたんだろうなと分かる説得力と不思議な安心感でした。ちょっとうまくいっていないようなご家庭だったら、合間でお母さんの話を聞いてガス抜きをしてあげるなどしていたみたい。半分カウンセリングも入っているような、、、先生ってすごいな。

思わずメモ取っていて、最後にはありがとうございます!とお辞儀してました(笑)